生きていくのが辛くて苦しい人へ 瞑想

苦しい時の神頼みより、常に神頼みをしたらどうなる?

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苦しい時の神頼みをしている方は、いるでしょうか。

人は本当に苦しい時には、藁をも掴む思いになるので色々なことをしてしまうものです。

受験勉強や就職活動など色々な人生の節目で苦しい時の神頼みをすることは、一般的なことだと思います。

でも、あなたも気づいていると思いますが、苦しい時の神頼みは気休めしかなりませんね。

苦しい時の神頼みではなくて、苦しくない時でも常に神頼みをすることが出来るのであれば、人生は大きく変わると思います。

今回は、苦しい時の神頼みより、常に神頼みをしたらどうなる?話をします。

苦しい時の神頼みより、常に神頼みをしたらどうなる?

私は毎日瞑想を継続していますが、ある意味常に神頼みしているとも言えます。

瞑想と言うと宗教的に感じる方も多いと思いますが、私は宗教に入っているわけではなく瞑想をしています。

そして、私が神頼みしている神というのは、何かの宗教的な神ではなくて、本当の自分自身を神として思い瞑想をしています。

つまり、自分で自分のことを神頼みしていることになりますが、この世界の全てを自分自身が創造していることに繋がります。

古代インド哲学ヴェーダの知識では、この世界の全ては自分自身が創造している世界だと伝えています。

そして人は、そのことを気づけないだけとも伝えています。

苦しい時の神頼みを検討

瞑想をすることで瞑想をしている間は、本来の自分自身に戻ることが出来て、本来の自分の記憶に戻ることが出来ます。

そして瞑想では、苦しい時も苦しくない時も自分自身に神頼みをして頑張ろうと鼓舞することも可能です。

瞑想は朝と夕方で1日2回行いますが、毎日365日×2回=730回も神頼みをしたら、どうなると思いますか?

苦しい時の神頼みとして、苦しい時だけ神頼みしている人と、苦しい時以外でも常に神頼みをしている人を比べたら、どちらの方が効力があるか、創造出来ると思います。

そして、自分自身に対して毎日神頼みをしている人というのは、人生が良い方向になっていくことは、当然のことだと思えないでしょうか。

瞑想を宗教的なものだから嫌いというイメージで瞑想をしないことは、とても勿体ないことだと思いますよ。

別に宗教とは関係ない瞑想というのはあります。

苦しい時の神頼という他責から、自分が神と思って活動する素晴らしさ

実は、苦しい時の神頼みという行為は、自分の責任を他者に預けてしまい何か障害があったときには、他の責任にする他責につながる行為とも言えます。

他責と言うのは、自分の手が届かない範囲があることを認めてしまうことになるので、良くないことです。

逆に自分が神だと思って、全ては自分が創造した世界になっていると思い、全ては自分の責任と意識することで、今までの障害がある世界が別のように思える場合があります。

古代インド哲学ヴェーダの知識では、この世界の全ては自分が創造して作り出している世界で、自分が気づけていないだけ。という知識があることを伝えました。

自分が創造している世界で障害があるのであれば、障害がない世界に自分で創造して創り出して行けば良いことになります。

このことは、とてもポジティブな能動的な思考と言えます。

これは単なる精神論的な話ではなくて、実際に聖者と呼ばれる色々なものが観える方の伝えている知識なので間違いないことだと思います。

また、ヴェーダの知識では、【自分の外側に自分より強いものはいない】という知識があります。

この意味は、つまり自分自身こそが神であることを伝えている知識です。

いま生きていることが辛くて苦しいと感じている方は、苦しい時の神頼みではなくて、常に自分自身に神頼みをする瞑想をしてみてはいかがでしょうか。

今までの繰り返しの世界から抜け出すことが、きっと出来ると思いますよ。

以上、苦しい時の神頼みより、常に神頼みをしたらどうなる?話でした。

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