コラム

絶対なるものは存在する

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「絶対なるものは存在する」という話をしようと思うのですが、このような話をすると何かの宗教を信じている人に思われそうですが、私は特に何の宗教団体にも入っていませんし、何かの信仰があるわけでもありません。

それでも、「絶対なるものは存在する」と思っています。

絶対なるものというと、抽象的な表現ですが、決して特定の神とか宗教を絶対と言っているのではなくて、私がここで言う絶対なるものというのは、間違いないものを絶対と言っています。

今回は、絶対なるものは存在する話をします。

絶対なるものは存在する

この我々が生きている世界は、相対世界と言われていて「原因と結果」の世界と伝えられています。

相対世界の対になるのが、絶対世界です。

絶対世界というのは、瞑想をして超越の体験をしている人しか知ることが出来ない世界です。

そして、超越した絶対の世界から相対世界を観ることが出来る人を悟った人と言われています。

私がチャットメンターのブログで伝えているヴェーダの知識というのは、全て絶対の世界から相対世界を観える人が伝える知識です。

つまり、そこには理知の誤りがないものと伝えられています。

相対世界というのは、絶対世界を知っている人から観ると幻想と表現される場合が多いのですが、それは、すべて個人の心の働きで作られているからです。

心の働きで作られている世界なので、何かのきっかけで世界は大きく変わります。

例えばですが、何かの健康法が良いとブームになることがありますが、時代が経過するとその健康法は実は意味がないということがあります。

健康法以外でも物理学や医学でも時代や権威のある学者の意見によって、正しいものというのは変わります。

子どもの教育についても、何が正しい教育か色々な意見や説がありますね。

最近の世の中では、ネットが普及していて知らないことをネットでなんでも検索することが可能です。

でも、ネットには色々な情報が記載されていて、どの情報が本当に正しい情報かどうかを自分で判断する必要があります。

多くの方は、自分の今までの経験や価値観で判断すると思います。

でも、最終的にはそれでもそれが絶対正しいか判断することが出来ません。

結婚や転職や、更には病気のことなら間違った判断が出来ない場合もあります。

ですので、人は迷い苦しみ、人によっては占いに相談したりします。

そして、占いに相談しても今度は、相談した占い師が本当に信用して良い占い師か考えてしまいます。

つまり、相対世界しか知らない人にとっては、絶対正しい判断というのは出来ないことになっています。

絶対世界から相対世界を観る

でも、絶対世界を知っている人が周りにいたら状況は大きく変わります。

なぜなら、絶対世界から相対世界を観ることが出来る人と言うのは、理知の誤りがない状態だと伝えられています。

相対世界の全てを俯瞰してみることが出来るので、誤りがないことは当然のことだと思います。

古代インド哲学ヴェーダの知識、インド占星術ジョーティシュ、アーユルヴェーダという知識は、絶対世界から相対世界を観ることが出来るようになった方々(悟った人、聖者)が作られた知識と伝えられています。

つまり、それらの知識は時代によって変わることがない普遍的な絶対なるものだと言えます。

では、インド占星術ジョーティシュで占いの鑑定をすれば間違いない?と思われる方もいますが、インド占星術ジョーティシュの知識は間違いなくても、鑑定する鑑定師に間違いがあれば鑑定結果は間違います。

つまり、知識を完璧に伝承し活用することも大切だったりします。

絶対なるものが存在すると思う理由

絶対なるものと表現していますが、ワンネスとか大いなるものと表現する方もいますが、言葉はさておき、我々が生きている世界とは別の次元の世界があり、その別次元の世界から我々の世界を観ることが出来る人がいると伝えた方が、分かりやすいかもしれません。

私が絶対なるものが存在することを知ったのは、私が会社員のときに人事総務で社員教育のプロジェクトを行っているときでした。

社員研修の外部講師を探している時に、人材教育の先生に出会い知ることになりました。

色々な話をするうちに、その方がインド占星術ジョーティシュの鑑定が出来ることを知りましたが、オーラや守護霊を観ることが出来たり、色々なサイキック能力がある方だと知りました。

そのときの私はスピリチュアルなことを否定する感じで、「脳が作った幻想を見ているではないのですか?」と先生に聞いたところ、先生は、「自分が見えているものを、見えていない人が否定するのは違いますよ。あなたは絶対なる世界を知らないでしょ。」と言われました。

私は、絶対なる世界とは何?と思いましたが、私が知らない世界を観ることが出来る人はいるのだなと感じたものです。

なぜなら、社員教育のことは当然ですが、私の人生のことで先生に何かを相談したら、思いつかないような回答をしてくれたことも原因としてあります。

でも、今私も古代インド哲学ヴェーダの知識やインド占星術ジョーティシュを学び、瞑想をして絶対なる世界の片鱗を知ってからは、先生の発言や回答が当たり前のことだと思うようになっています。

本当は、みんな絶対なる永遠なるものを求めている

「絶対なるものは存在する」ということに色々と説明していますが、どんな人でも「絶対なるものは存在」を求めていると思います。

絶対なるものとは、普遍的な永遠的とも言いかえることが出来ますが、永遠の愛だったり、永遠の幸福など普遍的で絶対的に変わらないものを求めている部分が人にはあると感じます。

そして、永遠に絶対的なものを求めて、人は夢や希望に向けて努力をしています。

でも、実は我々の生きている相対世界というのは、原因と結果だけの世界であるので、結婚したりマイホームを購入したり子どもが生まれても、永遠で絶対なる幸福になることが出来ません。

もちろん、手に入れた瞬間からしばらくは幸福を感じることが出来ますが、永遠で絶対ではありませんね。

仏教の開祖お釈迦様は、この相対世界を四苦八苦と表現して四苦八苦から逃れるために、絶対なる世界への悟りを目指しました。

実は、人というのはどんな人でも最終的には悟りを目指すようにプログラムされています。

つまり、各個人の中に絶対なる永遠なる存在を求めるように始めから設計されています。

永遠の愛や永遠の幸福を求めることは、人としてとても自然なことだと言えますね。

絶対なるものを知る方法とは?

ここまで「絶対なるものは存在する」という話をしましたが、いくら話をしても「絶対なるものは存在する」ことを理解してもらえるとは思いません。

本当の意味で「絶対なるものは存在する」ことを知るには、自分で体験することでしか知ることが出来ません。

そして、「絶対なるもの」というのは、相対世界のものではないので、言葉で表現することが出来ないものです。

絶対なるものは、非具象なものなので抽象的な言葉でも表現出来ません。

例えるなら、原始時代の人に原子力や電波というものを伝えても、目に見えなく触れることが出来ないものなので、理解してもらうことが出来ないようなものです。

絶対なる存在を知るには、瞑想をして心の働きを止めることでしか、体験出来ないものだと伝えられています。

一度でも、絶対なる存在を知り、我々が生きている相対世界以外の世界があることを知ることで、「絶対なるものは存在する」と本当の意味で納得出来るものですよ。

以上、絶対なるものは存在する話でした。

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