心を癒したい

心を癒したいことが気になる方は、いるでしょうか。

仕事のストレスや学校での勉強で疲れている方は、多いと思います。

でも実は、心を癒したいと思っているときには、心が疲れているというよりも別の部分が疲れているので心が疲れている場合が多いと感じます。

では、心を癒したいときは、どのようにすることが良いのでしょうか。

今回は、心を癒したい話をします。

心を癒したい

心を癒したいと思うときは、心の疲れというよりは単に身体が疲れていて心が疲れてしまっている場合が多いと感じます。

私も以前は心が疲れやすくて、心を癒したいと色々なことをしました。

でも、心を癒したいというときには単に身体の疲れが原因と知ってからは、心の癒しを感じたときには早く寝て充分な睡眠と休息を意識的にするようになって、心は癒やされる状態が長く続くと感じています。

ですので、心を癒したいと感じたときには、単に身体の疲れと認識して早寝をして充分な睡眠を取ることが一番のオススメです。

心を癒したいと感じる理由は?

心を癒したいと感じるときには、身体の疲れであることを伝えました。

心と身体というのは、車の両輪のように連携していて身体の疲労が心に影響を与えます。

当然、心の疲れも身体に影響を与えるのですが、身体の疲れの影響で心が癒しを求める場合が多いと感じるので、身体の疲れを意識的に取ることをオススメしています。

心が癒しを求める理由としては、身体の疲れから来る疲労で癒しを求める場合と、心の精神的な疲労で癒しを求める場合があります。

心の精神的な疲労というと、仕事や学校の勉強などの色々なストレスが原因となりますが、多くの場合は本来の自分の状態から離れてしまっているときにストレスになると言えます。

例えば、仕事がどんなに忙しくてもストレスを感じることなく活動している方もいます。自分にあっている仕事であれば、残業をしたり徹夜をしてもあまりストレスと感じない仕事をしている方もいます。

逆に残業もなく職場で上司から叱れれることなく淡々と仕事をしていてもストレスを感じる方もいます。このような方は、仕事が適職でない場合が多いと思いますが、本来の自分の状態でないのでストレスが多く、心が癒しを求める状態になります。

ある意味、心が偽りの仮面をつけないで本来の自分の状態であれば、心は癒しを求める必要がないとも言えます。

心を癒したいとならない生活を

人は心を癒したいと思うのでカラオケやゲームやアルコールなどの娯楽があります。

でも、心を癒したいと思う状態は本来の自分から離れた状態なので癒しを求めてしまうので、出来ることなら心を癒したいと思わない状況になる方が理想的なのではないでしょうか。

仮に仕事が自分の天職であれば、ストレスなく仕事が出来ることはもちろんですが、休日でも仕事をしたいと思うことの方が多いと思います。

仕事をしているときが一番幸せと言う方がいますが、そのような方であれば心を癒したいと思うことは少ないと言えますね。

仕事の他にも家庭の専業主婦の方でも、専業主婦が本来の自分ではないと感じて心を癒したいと感じる方は多いと思います。

本来の自分とは?

実は、人には本来の自分の姿というものがあります。

そして、人は純粋な思いを叶えるために現実社会に生まれてきているのですが、純粋な思いを叶える活動をしていないときには、本来の自分とかけ離れているので、心を癒したいと思います。

例えば、作曲家のモーツァルトは作曲をすることが純粋な思いで生まれてきていますが、モーツァルトがスポーツ選手の道を歩むとしたら、それは本来の姿とかけ離れているので、心を癒したいと思うようになると思います。

モーツァルトにとっては、作曲をすることが純粋な思いで生まれて着ているので、心を癒したいときには作曲をすれば充分だと言えます。

純粋な思いの活動をしましょう。

人は自分が生まれてきた理由の純粋な思いの活動をしていれば、心を癒したいと思うことは少ないと言えます。

ですので、心を癒したいと思うような日々を過ごすよりも、純粋な思いの活動をする人生を歩むことが大切だと思います。

でも、自分にとっての純粋な思いが分からない方や純粋な思いの活動が分からない方も多いと思います。

私自身も自分の純粋な思いを知るまで、全く気づくことが出来ませんでしたし、自分の純粋な思いを知っても、純粋な思いの活動をするまでにも戸惑いや葛藤があって挫折したり再活動したりの日々でした。

でも、最終的に人は純粋な思いの活動をしないと幸せになることが出来ないと言われています。

お金持ちになることで幸せになることが出来ると多くの方は思いますが、お金持ちの方が幸せになっていないことは確かなことです。

自分にとっての純粋な思いを知って、自分にとっての純粋な思いを叶える活動をしているときこそが、一番の心の癒しになると思います。

野球の王監督が病気になって野球の監督を休んでいて復帰したときに次のような言葉があります。

「野球をして勝つ喜びを味わいたいし、負ける悔しさも味わいたい。」

通常、多くの方は勝つ喜びだけを味わいたいと思うものですが、王監督は負ける悔しさも含めて野球だと思っているといえます。

つまり王監督にとって野球の勝ち負けよりも、野球に携わることが純粋な思いだと言えます。

日々純粋な思いで行動したら日々心を癒やされる状態なので、心を癒したいと思うこともないでしょうね。

以上、心を癒したい話でした。